八正道の「正業」をわかりやすく解説しました

心の中のできごとである正見・正思が、言葉として出てきたのが正語でしたが、現実の行為として表面化するのが正業です。この行為を追跡することで、その人の心の在り方がはっきりしますし、その人がどういう人かを判断する材料ともなります。

我々の行為の中でも一番多くの時間を占めるのは仕事です。仕事をして稼がないと食べていくことができないから当然といえば当然ですが、はたして仕事は食べるためだけにするものなのでしょうか。

もし、食べるだけのためだけに仕事をするのであれば動物と変わらなくなりますね。ライオンでさえ、狩りという仕事をして獲物を捕らえ、自分や自分の家族を食べさせて生きています。我々が人間として生を享けたからには、動物にはない役割なり義務が与えらえているはずです。

ここでは、なぜ仕事をするのか、正業の視点から見た仕事とはどういうものかを見ていきたいと思います。

魂を向上させる


多くの人が一度や二度の転職を経験されているのではないでしょうか。時代の流れが激しく、職業形態もどんどん変わり、職業そのものが消えてしまったと思ったら、また新たな職業が生まれているのが現実です。こんな時代に生涯一つの職業を続けている人の方が少ないかもしれません。

今世だけでも一つの職業を続けることは難しいのですから、我々が過去世にも何度となく生まれ変わっているのだとすれば、かなりの数の職業を経験していることになりますね。あるときはお医者さんであったり、あるときはお坊さんだったり、また農業を営んでいたりしたかもしれません。さまざまな職業に携わりながら転生を繰り返してきたことでしょう。

それは魂の向上を促すために神様によって仕向けられ、仕事は何のためにするのかを知るためであったのでしょう。お釈迦様はそのことを悟られていて、正しく仕事をするということは執着の無い行為であり、奉仕の行為であることを私たちに教えてくれているのです。

このように転生を繰り返して正しく仕事をし、魂を向上させることで最終的に転生からの解脱を目指すというのがお釈迦様の教えなのです。

調和を目指す

私たちが仕事をする目的は、職業を通して人々との調和を図ることにあります。自分一人で一から十までを賄うことはできません。自給自足の生活をするにしても、家族がいればそれぞれの役割が決まっていて、畑を耕す人から着る服を作る人、食事の用意をする人というように分担されています。それぞれの持ち場を守ってその役割を果たすことで自分が生かされ、他をも生かすことができるのです。

「人体は小宇宙」だとよく言われます。その中身はこういうことです。

自然に目を向けると、水は水として、太陽は太陽として植物や動物を生かし、実を付けた植物を食べることで動物は生かされ、そのフンを肥料として植物は生かされます。このようにして、それぞれ自分たちの機能を生かすことで宇宙は成り立っています。

同じように私たちの肉体をみると、手は手の役割として、足は足の役割として、内臓は内臓の役割として機能することで肉体は成り立っています。もし手や足が自分たちの役割に不満を持ち、思い思いの動きをすれば肉体として維持することはできません。

自然界は、それぞれが与えられた役割を果たすことで成り立っているのと同じように、人体も各器官がそれぞれの機能を果たすことで成り立っているということから「人体は小宇宙」ということになり、お互いを生かす調和された世界だということがいえるのです。

同じように、職業に就くということは、自分の役割を果たすことで自分を生かすだけではなく、他の人々をも生かすという大事な調和の場ということがいえます。

奉仕するということ


上にみてきたように、仕事というものは自分だけではなく他をも生かすことであって、決してエゴを満足させるものではありません。それぞれが持った個性の中で足りないものを補って奉仕し合うことが、愛の行為へとつながっていきます。

私たちが健康で働けるということは神様から生かされているということであり、その慈悲に応えるために感謝と報恩の行為をしていくことが正業のあり方であり目的です。

こうみてまいりますと、職業の在りかた、仕事の目的がはっきりしてきたと思います。

1.魂を向上させること
2.調和をめざすこと
3.奉仕をするということ

この3つの正業の理念を肝に銘じながら仕事に邁進してまいりたいと思います。