「無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽」の読みかたと意味

読みかたは以下のとおりです。

無無明むむみょう 亦無無明尽やくむむみょうじん
乃至無老死ないしむろうし 亦無老死尽やくむろうしじん

この文の意味をみていきましょう。

無無明(むむみょう)
「無明」は無い
亦(やく)
また
無無明尽(むむみょうじん)
「無明」が尽きることも無い
乃至(ないし)
~から~まで
無老死(むろうし)
「老死」は無い
亦(やく)
また
無老死尽(むろうしじん)
「老死」が尽きることも無い
ここは、十二縁起を指しています。十二縁起とは、
無明むみょうぎょうしき名色みょうしき六処ろくしょそくじゅあいしゅしょう老死ろうし
の十二です。
最初である「無明」と、最後である「老死」を挙げ、「乃至」を使うことで途中を省略しています。

意訳をまとめると…

無明も無く、また無明が尽きることも無い
老死も無く、また老死が尽きることも無い

という意味になります。

このように何もかも無いという概念は、仏教的世界観から来るのでしょうか。悟りの世界は「一切が無であること」とされているようですから、こういう表現にしかならなかったのでしょう。

「無明」というのは「ものの真相が不明」であることであり、お釈迦様の求道もここから始まったのではないでしょうか。お釈迦様の悟りの内容は他人が知ることができないものであり、ましてや文章にすることも無理があることから、このようなよく分からない文になったのででしょう。ここに般若心経の難解さがあるといえます。

私には、このくだりについては、お釈迦様の教えが正しく伝わっているとは思えないのです。

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