「観自在菩薩」の読みかたと意味

読みかたは以下のとおりです。

観自在菩薩かんじざいぼさつ

この文の意味をみていきましょう。

観(かん)
(梵語:アバローキタ)観る
自在(じざい)
(梵語:イーシュバラ)自由
菩薩(ぼさつ)
(梵語:ボディーサットヴァー)お釈迦様が菩薩行に人生を捧げておられた前生のときの名です。そこから仏になる前の無私の行為を指して「菩薩(ボディーサットヴァー)」というようになったといわれています。

この衆生の心を自由に観、悩みを解決する菩薩である「観自在菩薩」とは、お釈迦様の前生を指されており、お釈迦様ご自身です。

玄奘三蔵が訳す前は「観世音菩薩」と訳されていました。観世音菩薩とは阿弥陀如来の脇侍であり、如来の手となり足となって働く菩薩です。
「観世音菩薩」のままだとお釈迦様の存在が曖昧になってしまうので、玄奘三蔵は敢えて「観自在菩薩」と改訳することで観世音菩薩と「観自在菩薩」であるお釈迦様を区別したのではないかといわれています。

意訳をまとめると…

観自在菩薩(お釈迦様の前生を指す)は…

という意味になります。

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