信仰とは心の進行方向

はじめまして。
当サイトを運営しております、はらみつと申します。
よろしくお願いいたします。

数多くあるサイトの中で、当サイト「信仰とは心の進行方向」にお越しくださいまして誠にありがとうございます。

ここでは、このサイトの目的をお話します。

モノへの信仰は一時的なもの

私たちは常に何かしらの信仰を持って生きています。

オレは何も信仰していないよ
宗教になんて興味ないんだ

そう言われるかもしれません。
しかし、信仰は何も宗教に限ったことではありません

この世はお金がすべてだと思っている人は「お金信仰者」であり、出身大学などで派閥を作っている人たちは「学歴信仰者」といえるでしょう。他にも名声を望む「名誉信仰者」や、理屈が先行する「科学信仰者」、何よりも健康が一番という「健康信仰者」もいるでしょう。

このように、私たちは何かに思い入れを持って生きています。
これも立派な「信仰」です。

ただ、お金や学歴、名誉などはこの世だけのものに限られています。
科学がいくら進歩しても大自然の前では全くの無力です。
健康を望んでもいずれは老いて死んでしまいます

これらの「信仰」には永続性はなく、一時的なものに過ぎません。

人間には理性が与えられている

人生は一度きりだから、面白おかしく楽しく生きられたらそれでいいんじゃないの

そういう人はそれでいいでしょう。
それも一つの生き方です。

でも冷静に考えてみてください。

人生はこの世だけでしょうか。
死んでしまえばすべて終わりでしょうか。
すべて無になってしまうのでしょうか。

もしそうだとすれば、お葬式は必要ありませんね。
死んでしまえば生ゴミとして捨ててハイ終わり、でいいわけです。
お墓も仏壇も法要も、すべて無駄なものということになってしまいますね。

でもそうしないのは、誰しも心の底では死後の世界を信じているからではないでしょうか。
ただそれが目に見えないものだから確信が持てていないだけなのではないでしょうか。

それに、面白おかしく楽しく生きるだけだとすれば、動物と変わらなくなりますね。
動物は本能のままに生かされているにすぎません。
朝起きて、腹が減れば食べ物を手に入れて食べて、夜になれば寝る。
それを毎日繰り返しているだけです。

人間は動物とはちがいます。

人間には、動物には与えられていない「理性」が与えられています。

  1. 人を思いやる心
  2. 社会のために役立とうとする心
  3. 自分を生かしてくれている大自然に感謝する心

このように人間として生きている以上、理性を持って人間にしかできない生き方を目指すべきではないでしょうか。人生は一度きりだから面白おかしく楽しめばいいと考えるのはあまりにももったいない気がします。

心の進行方向を「正しい信仰」に向ける

実際のところ、科学的な学説などは数年、数十年もすれば変化していきます。学説というのはそういうものです。そしてこの世においてのみ通用するものです。

それに対してお釈迦さまが説かれている八正道などの教えや、イエスさまの説かれている聖書の教えは何百年、何千年経った今でも色褪せることなく輝いています。それにこの世、あの世に関係なく通用するものです。

冒頭でも言いましたが、人は誰しも何らかの信仰を持っています。信仰とは「心の進行方向」なのです。

その進行方向を一時的な「モノ」にではなく、永遠に変わらない「真理」に向けるというのが、このサイトのテーマです。

お釈迦様やイエスさまなどの聖者が説かれた真理の言葉や行為の意味を、このサイトでご紹介していきます。
いわゆる「宗教学」のような学問的なとらえ方ではなく、日常生活に取り入れやすい形でお伝えしたいと思います。

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